広島地方裁判所呉支部 昭和43年(ワ)213号 判決 1976年5月18日
原告
大塚春子
被告
西本季秋
主文
一 被告は原告に対し金四二六、五〇〇円およびこれに対する昭和四三年一一月二六日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その一を被告の、各負担とする。
四 この判決第一項は仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 原告
1 被告は原告に対し金一、二六六、四四七円およびこれに対する昭和四三年一一月二六日(訴状送達の翌日)から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣告
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告
(一) 昭和四三年二月七日午前〇時半頃、呉市中通九丁目二七番地「かにや」前交差点において、西進中の訴外森川隆義運転、原告後部座席同乗の普通乗用自動車(以下被害車両という)の左側後部に、北進中の被告運転の軽四輪自動車(以下加害車両という。)の前部が衝突した(以下本件事故という)。
(二) 本件事故により原告は入院一一〇日、通院約九〇日を要する頸椎むち打症兼左上腕神経不全麻痺の傷害を負つた。
(三)(1) 本件事故は、被告が酒に酔い正常な運転が困難であるのにあえて運転し、交差点に差しかかつているのに左右前方の注視を怠り、交差点の右側の見通しが困難であるので一旦停車または徐行すべきところ高速で進行した、過失にもとづく(民法第七〇九条の責任)。
(2) 被告は加害車両の保有者である(自賠法第三条の責任)。
(四) 被告の抗弁(被告主張(四))を否認する。
(五) 前記傷害により原告が蒙り、本訴で請求する損害は次のとおりである。
(1) 営業上の逸失利益 金五〇〇、〇〇〇円。
原告は呉市中通においてバーおよびスタンドバーを経営しているが、前記傷害による入院のため経営に当たれなかつたため、少なくとも右金額の減収となつた。
(2) 治療関係費 金一六六、四四七円。
1 マツサージ治療費 五三、五〇〇円。
2 乱視診療費と眼鏡代 五、七四七円。
3 むち打枕代 二一、二〇〇円。
4 電気治療器代 八六、〇〇〇円。
(3) 入通院慰謝料 金六〇〇、〇〇〇円。
二 被告
(一) 原告主張(一)の事実を認める。
(二) 同(二)の事実を争う。本件事故によるものか不明の点がある。
(三) 同(三)の事実を争う。
(四) 次の事情により無過失免責、過失相殺を主張する。
(1) 被害車両運転の訴外森川隆義は飲酒して正常な運転ができない状態であり、原告はそのことを承知のうえ同乗していた。
(2) 訴外森川隆義は見通しの悪い交差点に入るのに徐行または一時停止を怠つた。
(3) 被告進行の道路は幹線道路でかつ左方であるから優先権があり、訴外森川隆義は加害車両のライトによりその進行を認めていた。
(4) 被告は酒酔運転ではなく、また高速運転でもない。
(五) 原告主張(五)の損害を争う。とくに営業上の逸失利益は過大であり、またむち打枕、電気治療器は相当でない。
第三証拠〔略〕
理由
一 原告主張(一)の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。そして成立に争いない乙第一号証と被告本人供述によれば被告は加害車両の運行供用者であることが認められる。
二 被告の無過失免責、過失相殺の主張につき本件事故の態様を検討するのに、成立に争いない甲第七号証の二、同第七号証の六の二、同乙第一一号証、同乙第一四号証、森川隆義証言、被告本人供述によれば、事故現場は十字交差点で被害車両は車道幅員約五・八米の道路を西に進行し、加害車両は車道幅員約五・三米の道路を北に進行して右交差点に至り、右交差点は東南角の店舗「かにや」の建物のため見通しの悪い交差点であるが、被害車両は一時停止ないし徐行してから交差点に入り時速一五キロ程度で交差点の中心を越えた折り、加害車両は時速約三〇キロ(被告本人供述によればトツプギヤーであつたと認められるから、スピードは時速三〇キロを下まわることはなく、むしろ四〇キロ近かつたのではないかと思われる)で交差点に至り、徐行ないし一時停止せずに進行し、被告がすでに交差点に入つている被害車両を認めて制動しようとしたがブレーキとアクセルの間に足を入れたために制動することなく進行して、被害車両の後部左側(後輪のあたり)に加害車両の前部を衝突させたものと認められる。したがつて被告には見通しの悪い交差点で一時停止ないし徐行を怠り、かつ被害車両を認めて制動すべきところ制動動作を誤つてこれを怠つた過失がある。一方被害車両は仮りに一時停止をしなかつたとしても徐行のうえ先に交差点に入り、その中心を越えてから衝突されているので、過失相殺の対象となるべき過失は認められない。なお訴外森川隆義も被告も前記証拠および成立に争いない甲第七号証の五の二によれば、酒気を帯びていたことが認められるが、そのことが本件事故の直接の原因となつたとは認め難い。
したがつて被告は本件事故による原告の損害を賠償する責任を負う。
三 原告の傷害の程度について検討する。
(一) 成立に争いない甲第一号証、同乙第九号証、同乙第二二ないし第二四号証、同乙第一八号証によれば、原告は本件事故直後呉共済病院で診療を受けた後、昭和四三年二月一〇日に後藤外科整形外科病院で頸椎むち打ち症、左上腕神経不全麻痺の診断を受け、同日から同年五月三〇日まで同病院に入院し、引続き昭和四四年四月まで(昭和四三年六月七月八月に実日数四一日、その後は月に実日数一日または二日)同病院に通院したことが認められる。
(二) しかし、成立に争いない乙第一八号証、同乙第二〇号証、同乙第二一号証および原告本人供述によれば、原告は事故直後呉共済病院では約七日間通院安静加療を必要とする旨の診断を受け、三日後大矢整形外科医院では頭部挫傷および左上腕神経叢不全損傷の疑いで通院安静加療を要すると言われ、そこで原告は通院安静ならば入院したいと考えて知人林一夫にそう言つたところ同人が後藤病院に頼んでやるということで同病院に入院したこと、同病院を五月末に退院し、六月からは毎日店に出ていることが認められる。以上の事実からみると、原告の傷害が前記のように一一〇日間の入院を要するものであつたとは認め難く、多少の入院後は通院安静加療で足りたもののように思われる。
(三) さらに、前記各証拠および成立に争いない乙第二五号証の一ないし二六、同第二六号証の一ないし四を資料とする医師小野啓郎鑑定の結果によれば、原告の傷害のうち客観的裏付のあるのは頭部打撲および頸部捻挫のみであつて、左上腕神経不全麻痺と診断すべき裏付がなく、むち打ち症の診断を首肯させる十分な根拠もなく、頭部打撲および頸部捻挫については入院の必要はないものと認められる。
(四) しかし通常人である患者にとつては担当医師の診断を信じるほかないから、長期入院治療の必要が客観的にはなかつたとしても、患者の側に悪意がないかぎり直ちにこれを過剰診療と言うことはできないと考える。ただし慰謝料等については考慮すべきものと考える。
(五) なお、成立に争いない乙第七号証の四の一ないし三、森川隆義証言によれば、本件事故に先立つ昭和四三年一月一七日に森川隆義運転原告同乗の本件被害車両が、時速約四〇キロで走行中運転を誤つて、呉市内かもめ橋において車道と歩道を画する高さ約三〇センチのブロツクを乗り越えて橋の鉄柵に当たつたことが認められるが、この事故により原告が傷害を負つたり、治療を受けたものと認めるべき証拠はなく、この事故によつて本件事故による原告の傷害の程度に仮りに若干の影響があつたとしても、なお前記の傷害は本件事故による傷害と言うを妨げない。
四 そこで原告の傷害に基づく損害を検討する。
(一) 治療費
被告本人供述および成立に争いない乙第三ないし第六号証によれば、入通院治療費は被告において支払済と認められる。
(二) 治療関係費
(1) マツサージ等。原告本人供述により成立の認められる甲第三号証の一ないし六によれば、原告は入院中にマツサージを受けその費用は二六、五〇〇円、退院後昭和四三年六月七月にマツサージ・はりを受けその費用は二七、〇〇〇円と認められるが、原告本人供述によれば入院中は医師の同意のもとに行なつておるが、退院後は医師の指示なく、しかも前記乙第九号証に照らすと二日に一度以上通院中であると認められるから、入院中のもののみすなわち金二六、五〇〇円を治療必要費と認める。
(2) 眼診療費、眼鏡代。原告本人供述により成立の認められる甲第四号証の一、二によれば五、七四七円の支出は認められるが、事故によつて近視が悪化し、あるいは乱視が加わつた旨の原告本人供述は、前記鑑定に照らし、因果関係を認めるに充分でないから、算定しない。
(3) 枕代。原告本人供述により成立の認められる甲第五号証により支出は認められるが、治療必要費と認めるに足りる証拠がないから算定しない。
(4) 電気治療器代。右同様に甲第六号証により支出は認められるが、治療必要費と認めるに足りる証拠がないから算定しない。
(三) 営業上の逸失利益
原告本人供述によれば原告はバー白い船およびスタンドバー白馬を経営し、毎日午後七時頃から一二時頃まで店に出ていたところ、前記入院中は店に出られず、その間従業員森川隆義および小田ひろ子を各店のリーダーとして取りしきらせたことが認められる。しかし平岡孝男証言により成立の認められる甲第九、第一〇号証の各一ないし四(昭和四二年、同四三年の各二月ないし五月の損益計算書)に同証言および原告本人供述を併せて検討すると、その間の入院による営業上の損失を認めることは困難である。右証言により昭和四三年分については売上からサービス料を差引いたものが昭和四二年の売上に相当するものとして修正しても、昭和四三年三月から五月の売上合計は昭和四二年同期の売上合計より増加しており、昭和四三年二月の売上減少は右供途、証言により二月に店の改修を行ないその間休業したためと認められ、しかも修繕費支出のために赤字となつていることが認められ、入院による損失とは認め難い。経営者入院による損失は、常識的には若干あつたと思われるが、右理由によつて算定することができない。
(四) 慰謝料
前記(三項(一)(二)(三))入通院期間とその状況および右(三)の事情などを考慮し、慰謝料として金四〇万円を相当と認める。
(五) 合計
右(二)の(1)および(四)の合計金四二六、五〇〇円を損害と認める。
五 以上の理由により原告の請求は金四二六、五〇〇円とこれに対する昭和四三年一一月二六日以降の遅延損害金の範囲で理由があるから、右限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第九二条を適用して、その三分の二を原告の、その三分の一を被告の各負担とし、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 花田政道)